「屠自古。おっぱいを飲ませてください」

思わず拳が出た。
言葉とか理屈とか、そんなものはすべて後ろに追いやって。
先に、手が出た。

この性人のセクハラはいまに始まったことではなかったけれど。
ここまでストレートかつ不快な要求は未だかつてなかった。
だからこそ、屠自古はストレートに拒絶を伝えることにしたのだ。体で。

「とっ、とじこっ、いたっ、いたいっ、せめてもっと優しくぶって……あぁんっ」

右、左。ふわふわと浮いた幽霊の体を生かして、目にも留まらぬ速さで百裂拳をたたき込む。





そして。とどめの屠自古アッパー。
神子の体は打ち上げられ、断末魔とともにスローモーションで飛んでいって。なぜか積んであった箱に、派手に衝突した。

ゆっくりと、屠自古は背を向けて。
爆発する箱たちを後目に、静かに去っていった。


   ★ ★ ★


「……違うんです屠自古。せめて弁明の時間をください」
「なにが違うんですか」

セクハラでなければなぜ母乳を飲ませろなんて言い出すのか。

そう思いつつも、屠自古は一応聞く姿勢を見せる。
それを確認した神子は、こほんと咳払いを一つ。
そして、口を開いた。

「実はですね。お寺の人に新しいお茶をもらったんですよ」

じとりと。
そんな視線が、神子に突き刺さる。

「あ、あの、屠自古サン? 本当の話ですから、そんな目で見ないでください……」

そうじゃないんですけどね。

そう思いつつも、屠自古は黙っていた。
なぜ寺の人間と親しくしているのか。
屠自古としては、そこを問題にしたいのだけれども。

わかって、くれました? と問う神子に、屠自古は頷く。
よかった、と神子は明るい表情を見せる。

「それで、お寺でいただいたそのお茶がとてもおいしかったのですよ。
 でも、こちらで試してみてもどうしてもあの味が出なくて」

そういえば、と屠自古にも思い当たることがあった。
変わった色のお茶を飲みながら、神子が首を傾げているのを何度か目撃していたのだ。

「それで、お寺の、えっと、確か……雲居一輪という尼さんに聞いてみたんですけども」

そこで神子は、少し言葉を切る。
少し大きめに息を吸って、言葉を継いだ。

「ヒントは、おっぱい。返答はそれだけでした」

屠自古の視線が、神子に突き刺さる。
冷たい沈黙が、あたりを包んだ。

「……言い残すことはそれだけか」
「ほ、本当です!本当にそう言われたんです」

そうやって全力で命乞いする神子に、屠自古は一度振りあげた腕を静かにおろした。

「……意味は聞かなかったんですか」

ため息とともに、そんな問いが屠自古の口から飛び出す。

「聞きたかったんですが、頭の中でおっぱいという言葉が反響して、ろくに考えがまとまらなかったんです。それに、あの方も立派なおっぱいを持っていらし」

目にも留まらぬ、拳がうなる。
光一閃のごとき屠自コークスクリューが炸裂する。
きりもみしながら飛んでいった神子は、派手にふすまに衝突した。

「この、おっぱい性人が」

屠自古は、そう吐きすてて、倒れ伏す神子を見やる。
そして、ゆっくりと神子へ歩み寄っていった。

「……まあ、とりあえず事情は把握しました。理解はできませんが」
「えっ、わかってもらえたんだかそうじゃないんだか……」

起き上がりながら、そう言葉を返す。
さすがというかなんというか、神子の立ち直りは早かった。

「事情はわかりましたが、そこで私に振る理由が理解できかねます。それだったら、その雲居とやらの母乳を飲んでればいいでしょう」

そうやって、屠自古はツンドラのごとき冷たさで言い放つ。
若干の怒りもこもった、鋭い声だった。
そんな屠自古の声にもひるまず、神子は言葉を返す。

「いや、いくらなんでもお寺の人におっぱいを飲ませてくれとは言えませんよ」
「でも、飲みたいんでしょう」
「ええ、そりゃもちろん」

そう笑顔で言ってから、はっとした表情に変わるころにはもう遅かった。
体ごとつっこむ勢いで、屠自古の拳は神子の鳩尾にめり込んでいた。

しばらく静止した後、屠自古はすっと拳を引く。
ゆっくりと、神子はくずれおちた。

「まってください、とじ……こ……」

その声にもかまわず、屠自古は背を向けて消えていった。


   ★ ★ ★


その夜。
音もなく、ふわりと屠自古は廊下を飛ぶ。
そっと戸を開けて、夜闇の中へ。



激情に任せて太子様をめった打ちにしてしまったけれど。
太子はあれでも真剣なんだ。
何とか答えを見つけて差し上げたい。

……それに。
ボコボコにした手前、顔を合わせづらいのもある。
手みやげと言っちゃなんだが、仲直りするきっかけがほしい。

だから。
なんとか、例のおいしいお茶を手に入れたい。
太子の話からすると、茶葉は分けてもらってるようだ。
ならば、ほかに秘密があるんだろう。

その秘密とは。

……皆目見当がつかない。

ならば、聞きにいくしかない。
そのお茶を出してくれた当人に。


まことに気は進まないが、これも太子様のため。
そう割り切って、屠自古は飛ぶ。
敵地である、命蓮寺へ。


   ★ ★ ★


夜闇の先にそびえ立つ寺が、ぼんやりとその姿を現す。
忌々しげに、屠自古は命蓮寺を見つめた。

そこに、ちょうど門を閉めようとしていた女性が、目に留まった。
そちらも屠自古に気づいたのを見て、警戒するその姿に屠自古はすっと詰め寄る。

「雲居とやらって、あなたのこと?」
「ええ、そうだけど……あなた、どこ見ていってんの」

屠自古の目に映っているのは、一輪のその揺れるたわわな二つの果実。
鋭く忌々しげな目つきが、そこへと突き刺さっていた。

「あぁらこれは失礼。知っていたあなたの特徴がそこだけだったもので」

皮肉の利いた声で、屠自古は一応、非礼をわびる。
その姿に、一輪は小さくため息をつく。

「さてはあなた、あのスケベヘッドフォン……もとい、おっぱい性人の奥方、蘇我屠自古ね」
「なっ!?」

突然の無礼な物言いに、屠自古の頭がかっと熱くなる。

「全然訂正になっていない!太子様を愚弄するのか!」

思わずそんな言葉が飛び出していた。握る拳にも、ぐっと力が入る。
しかしそれにひるむ様子もなく、一輪は口を開いた。

「ん?あの人はそう言われて『いやぁそれほどでも』と照れてたけどねぇ」
「……へぇ」

それを聞いた屠自古の表情から、急速に熱が引いていって。
そして、ゆっくりと笑顔を浮かべる。

あ、こりゃやばいとただならぬ雰囲気を感じて、一輪は少し身を引く。
そして、屠自古はすぅっと息を吸い込んだ。

「……あんの、変態足フェチ桃色ドMのキス魔セクハラ助平なおっぱいだらけ万年思春期クサレ脳ミソ自家発電マニアで腋舐め臍触り二の腕揉みのミルク飲み足フォンドゥ緊縛好き夜這い常習犯で淫乱うすピンクな四十八手丸暗記エロリストで欲まみれ永遠発情期のぬるぬるフリーク玩具コレクターな性的な意味含みのネバーセクレス煩悩泳ぎ春画隠しアタマ春色性人めが!!」

そうやってあらん限りの罵倒をおもいっきり叫んで。
ようやく気の済んだらしい屠自古は、はぁと息をつく。

その様子を、一輪は生温かい目つきで見ていた。
足フォンドゥとかって実際やらされたのかしら。
そんなことを辛うじて口にしないあたりは、最後の良心だった。

屠自古が落ち着いたのを確認してから、一輪はもう一度口を開く。

「……で、その変態足フェチ……なんとかの嫁のあなたはこんなところに何の用?」
「ああ、そうだった。ねえ、ちょっと聞きたいことがあるのだけれども」
「……ふぅん」

じぃっと。そんな視線で、一輪は見つめてくる。
対する屠自古の表情は、強張る。

一輪はそれをしばらく眺めて、ふぅ、とため息をつく。

「ならせめて、もうすこし人にものを尋ねる態度というものをわきまえてもらえない?
 少なくとも、そんな敵意剥き出しで聞くもんじゃあないと思うんだけど」

そのひとことに屠自古はむっとする。
しかしその言葉に、はっと自分の態度に気がつく。

寺を視界に捉えて以降、ずっと剣を握って離していない。
いつでも抜けるように、しっかりと。
無意識のうちにやっていたことであるが、それがなによりも屠自古の強い敵意の証拠であった。

無言で、剣から手を離す。
そのまま、一輪に向かい合い、しばし沈黙する。


礼儀を欠いては、人の道に反する。
いや、それ以前に。このままの態度じゃ、教えてくれそうもない。

しかし相手は仇敵で。油断するわけにはいかない。
まして心を許す気など、屠自古にはなかった。

だけれども。太子はあの茶を飲みたがっている。
ここでその秘密を聞き出したい。
太子の喜ぶ顔を、見たい。


太子への想いと、自らの意地。
その葛藤が、屠自古の内にはあった。


言葉もないまま、冷たい空気のなか屠自古は考え込む。
一輪もしばらくつきあっていたが、二、三分ほどしても結論を出す気配がない。
さすがにそろそろ追い出すか、と重い始めたそのとき。

屠自古は静かに、その霊体の膝を地につけた。

そのまま土下座でもするのか、と思いきや。
屠自古はそのまままっすぐに一輪を見つめていた。

「最初にはっきり言っておく。あなたは私の敵だ」
「……ええ」
「だが太子様のため、そのあなたに教えを請いたい。
 しかし、私があなたに返せるものは何もない。
 まして頭を下げるわけにはいかない。
 あなたは、敵なのだから」

毅然としてそう言う屠自古に、一輪も思わず息をのむ。

ひと呼吸、間を空けて。
屠自古は言葉を続けた。

「それでも。……それでも、教えてほしい。
 だから、この身をあなたに捧げる。
 さあ、好きに使ってくれ」

膝をついたまま、堂々と屠自古は宣言した。
あまりにも予想を超えた所業に、一輪は立ち尽くす。

あまりといえばあまりに、常識はずれの頼み方だった。
けれど、その目は決して冗談で言っているのでも、
一輪をもてあそんでるわけでもないことをはっきり示していた。

相手次第では文字通り斬り捨てられかねないこの状況で、
屠自古は真剣にその身を捧げることを宣言したのだ。


しばらくその目を見つめたのち、一輪はふぅと息をつく。
そして、ふっと笑みをこぼした。

「……あんたにゃ負けたわ。タダでいい、教えてあげるからついてきなさい」

その言葉を屠自古は一瞬飲み込めず、耳を疑った。
もう一度反芻して、ようやく理解する。
それでも、その言葉は信じがたいものだった。

「え……?」
「どうしたの。たぶんあなたが聞きたいのって、あのお茶のことでしょ?」
「あ、ああ……そうだけれども。本当にいいのか?」
「ええ。あなたがこうして膝をついて覚悟を見せてくれただけでも十分よ」

優しい笑みを浮かべていた。しかしその笑みが、少しにやついたものに変わる。そのまま、一輪はふたたび口を開いた。

「いやぁ、こんだけ嫁さんに愛してもらえて、あの変態足フェチ以下略も幸せね」
「なっ、いったい何を……」
「とぼけなさんな」

唐突な言葉に、屠自古の顔がかっと赤くなる。
にやにやと少し意地の悪い笑みを浮かべて、一輪は言葉を続けた。

「たかがお茶のためにこれだけ必死になれるなんて、愛のなせる業でなくてなんなのよ」

愛。その単語がじわりと屠自古の体に回って、胸のあたりから冒していく。
体は動かなくなって、舌は回らず、鼓動は速まる。

「それに、あんた私があの人を馬鹿にしたとき、本気で怒ってたじゃない」

一輪の言葉で、そのときのことが頭をよぎる。
屠自古の頭が、あのときとは別の理由でかっと熱くなる。
無意識のことだったが、思い返せばあのときは激昂して今にも剣を抜きそうだった。

「ま、意地張るのも程々にして、仲良くやんなさいね」

もう屠自古は何も言い返せず、真っ赤になってうつむくばかりだった。
対する一輪は、いろいろと満ち足りたような表情を浮かべていた。


   ★ ★ ★


一通りレシピを教わって、それをしっかりメモにとって。
その収穫を手に、屠自古は寺に別れを告げた。

ありがとう、と礼を述べて、屠自古はふわりと宙を舞って夜闇に発つ。

一輪は、穏やかな笑みを浮かべて彼女を見送っている。
そんな中、背後から砂利を踏む足音が聞こえてきた。

「満足そうですね」
「あぁ、姐さん……」

背後からの声に、一輪は特に驚く様子も見せずにすっと振り返って返事をする。

「すみませんね、勝手に教えちゃって」
「……今の行い、私が咎めると思いますか?」
「まさか。ただ勝手な行いをした以上、一応の礼儀というものです」

淡々とした調子で、迷うことなく一輪は聖の言葉に返事する。
その言葉に、聖はふっと笑顔になる。

「そうですか。やはり、あなたが私の意向を一番わかってくれているんですね」
「ええ、もちろん。人も獣も妖も、すべて等しく笑顔に。それが私たちの理想です」

穏やかな表情だった一輪は、ぱっと笑みを見せて答える。

「その通りです。もちろんそこには、敵も味方もありません」
「……まあそれに、彼女たちには悪いことをしましたから」
「あら、手厳しい」
「ふふ。まあ、これで少しは彼女たちの仲の助けになればいいんですけど」

満ち足りた笑顔で、二人は屠自古の背中を見送る。
そして見えなくなった頃、一輪は振り返って命蓮寺を仰ぎ見る。

「……まあ、人の心配ばかりもしていられませんけどね。意地っ張りがいるのは向こうばかりじゃありませんもの」
「ええ、こちらもうまくいけばいいんですね」


   ★ ★ ★


屠自古が帰宅し戸を開けると、むわっとした熱気が吹き出す。
それと同時に、妙な匂いが鼻をくすぐる。何事かと飛んでいくと、どうも台所が発生源らしい。

「うぅん、これでもない……」

その台所から、太子の唸る声が聞こえてきた。
のぞいてみると、たくさんの料理本とともに、空のティーカップがいくつか並んでいた。

「た、太子様?」
「あぁ屠自古、おかえりなさい。どこ行ってたんですか、探してたんですよ」
「まあ、ちょっとした野暮用です。それより、この匂いはいったい?」
「ああ……」

ちら、と太子は並んだカップに視線を向ける。
きれいな赤色をした紅茶から、変な色をした紅茶かどうかすら怪しい液体まで。
いろんなものが入っていた。

「あきらめきれなくて、自分でいろいろ試してみたんですが……なかなかうまくいかないものですね」
「それで、こんなに?」
「ええ、思いつく組み合わせを片端からやって、まともなのが尽きてしまったものだから、醤油とか味醂とか入れてしまいましたよ」
「しょ……みりん……!?」

太子の執念と天然っぷりに、思わず脱力する。
その拍子に、手に持っていた紙がはらりと落ちた。

「あれ、屠自古、これは?」

あっ、と声を上げて、さっと奪い返す。

「ありがとうございます、これは……まあおみやげみたいなものですが、まだ秘密です」
「え、なんですか、気になるじゃないですかー」

太子の言葉を横へ流し、屠自古はすっと動き出した。
とーじーこー、などと呼びかけながら体をわちゃわちゃと触る太子を裏拳で沈めつつ、そのままきれいなティーカップを手に取る。
神子が沸かしていたお湯をポットとカップに注いで、茶葉を用意する。
温まったポットに改めて茶葉をポットに入れ、お湯を入れてふたをする。
待つこと数分、そのあいだに屠自古はあるものの準備にかかっていた。

そうして、何の変哲もない紅茶の出来上がり。
しかし仕上げに、やっとの思いで知った『秘密』をそっとそそぎ込む。

澄んだ白い液体が、紅茶の液面に波を作り、そしてその色を……神子が飲んだ、あの紅茶の色へと変えていった。

「屠自古、それは?」
「ミルクです」
「ふむ……私も試してみたんですが、色はそれっぽくなるけども何か味が足りないと」
「いいから、飲んでみてください」

そう言われて、神子は紅茶のそそぎ込まれたカップを手に取る。
優しくて甘い香りが、ふわんと広がる。もしかしてという期待に胸を躍らせて、紅茶に口を付ける。

「……! コレです! コレ! うーまーいーぞー!」

期待通りの味。
それに目を輝かせて叫ぶ神子を、屠自古は優しく見つめていた。
当然のこと、このミルクは命蓮寺でレシピを聞いた、砂糖とクリーム入りの特製のもの。
寺のミルクティーのとろんとした甘みは、これによるものだった。

「ありがとう屠自古、愛してます!」
「! あ、えっと……」

突然の言葉に、屠自古は顔を赤くする。
こんなことを言われるのは今日ばかりでもないのに、なぜだか今日の言葉は格別だった。

「……はい」

やっとのことで、一言だけ返事を返す。

――いやぁ、こんだけ嫁さんに愛してもらえて、あの変態足フェチ以下略も幸せね。

そんな一輪の言葉が蘇る。

そうして、屠自古は理解した。
自分はやはりこの人を愛している。

そして、屠自古もまた愛してもらえていて、幸せで、それと同時に照れくさい。
……とっても。

屠自古が一人浸っているそんなとき、屠自古の口に温かいものがそそぎ込まれる。
それと同時に、甘い香りが広がった。とっさに、こくりとそれを飲み込んだ。
何事かと神子の方を見やると、神子の手にあるカップが空になっていた。

「た……太子様、なにを?」
「ん、えーとですね……これからも二人で歩んでいくため、半分こしたくって」
「今考えたな、絶対今考えたな」
「……バレた?」
「当たり前ですよ」

復活してからの神子は、屠自古に対してだけは欲に素直だ。
屠自古も、それを感じていた。
今の行動だって、明らかに間接キス目当てだ。

そんな太子の行動に、今まで屠自古はただ戸惑っていた。
そして、意味なんかないんだろうと考えて適当にあしらっていた。
けれども、もしかするとこれは昔あまり愛してくれなかった分を太子なりに補おうとしているのだろうか。
そんな風に屠自古はぼんやり考える。

「……まったく。こんな時くらい回りくどいことしないで、ふつうに求めてくださいよ……」

目をそらし、顔を真っ赤にしながら、誰に言うでもない調子で屠自古はつぶやいた。それがやっとなあたり、屠自古もあまり人のことはいえない。けれど、この思わぬ発言に驚きを隠せない神子には、そんなことは気にならない様子だった。

「い……いいんですか?」
「……」

そう問う神子に対して、屠自古は黙ってうなずく。
ごくり、と神子はつばを飲み込んだ。そして、屠自古の目を見つめる。

屠自古は視線は逸らしつつも、体は動かさないでじっと待っていた。
なにも言わないが、なにをしてほしいかは欲を感じるまでもなくわかってしまう。

神子は覚悟を決めて、屠自古の肩をつかんで。そっと屠自古に甘い口づけをした。
文字通り、甘い口づけだった。
すっきりとした、しかし余韻の残る甘さだった。